nerumae

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「海つ神」振り返り【第22回短編小説の集い】


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第22回短編小説の集いに出した拙作です。

この話は2年前、ちょうど短編小説の集いに参加しはじめのころ、「物語書くのおもしれー!」ってテンションそのままでワーッって書いた話です。原型はこれ→
ナイトフライト: 【習作】海つ神


何かの電波を受信したように半魚の男、右目をくり抜く、といった情景の断片と、「海つ神」という変なタイトルがパっと頭の中にフラッシュしたのを覚えています。物語はそこから肉付けしていきました。
タイトルなんて読むんだろう。「うみつかみ」?「わだつみ」?ネットのどこかで見かけた表記が記憶に残っていたのかもしれません。気に入っているタイトルです。

何をやりたかったか

・ナラティブ性、口頭伝承・民間伝承の話の面白さを書いてみたかった
・「海」を物理的よりもうちょいつっこんだところで描写したかった

です。


・海の描写をおなかいっぱい書きたかった

海の近くに住んでいるので。優しい海、静かな海、くらい海、荒ぶる海、いろんな海の表情があって、それを文字化できねえかなと。


・「無縁仏」の逸話と「海」への信仰

「無縁仏」は実際に私の住む町に伝わる逸話です。この無縁仏もそうだけど、日本の、海に携わる生業の人達のあいだでは、昔から海や山の神様は神道ギリシア神話に近い、人間性の強い神様と考えられています。

海の神様は女、それも嫉妬深い女と伝えられています。だから昔は船は女人禁制。船乗りの男が結婚したり、子どもを授かったりすると海が荒れたり海難事故が起きやすくなると言われています。

ちなみに山の神様もおなじく女で醜女なので、同じく醜魚のカジカを山に備えると猟をさせてくれるとか。蛇足だね。


そういう人間くささもあるかと思えば、5年前のまるで人間性を感じさせない、自然神そのもののような大津波もおこる。

今回の青磁は後者のほう、人間性のない「海の神様」としての圧倒的な自然の側面、荒ぶる力、それは人間の人智や器のなかにおさめることはできない。その結果として海に還ることになりました。

・正晴の愛は自己欺瞞ではないか

この話で書きたかったことのもう一つは「中身の違う人間を愛することは真の愛か?」です。

正晴は青磁に異変が起きたとき、うすうす青磁の中にあるのはかつての「人間であった」青磁ではないと気づいていると思うんですよね。

ラストで正晴は「青磁がなに者でもいいからいてくれればよかったのになあ」とつぶやきます。
一見それは美しい兄弟愛のように見えるけれども、中身がかつてのその人とは違うものになっても、他者を傷つけることになっても、「そのままでいいからそばにいてほしい」と恋うのはよくよく考えたらかなり利己的ではないかなあと感じるんですよね。
その利己性も含めて、いろんな愛のかたちがあるんでしょう。そのグラデーションひとつひとつを書いてみたいと思います。



感想でいろんな見方をしていただきました

かなり嬉しかったです。「伝わってる!」という嬉しさ、「そういう見方をしてくれたのか」という嬉しさ。世に出した時点で自分のものではなくなる、ということがこんなにも嬉しいことだとは。


まずは川添さんの異種間でのコミュニケーションとしての物語。
lfk.hatenablog.com


そうおう見方で自分の書いたものを振り返ると、「コミュニケーションを諦める話が多いな」と思います。
この話も結局荒ぶる性をコントロールできなかった青磁(の中の人)が、「自分は人間にはなれなかった」とあきらめて海に還るんですが、そしてその意思が最後の人間性になるわけですが、正晴は青磁が人外だろうと他人を傷つけ続けようと、生きてそばにいてほしかった、コミュニケーションをとり続けたかったんですよね。
もしこの話の続きを私以外の誰か、たとえば川添さんが書いてくれるとするなら、「人を傷つけてでもここで生きろ」というとても力強いものになるかもしれないと感想を読んで思いました。



masarin-m.hatenablog.com


まさりんさんに、狙ったとおり「荒ぶる神」として感じていただけて嬉しかったです。文章をほめていただいて恐れ多いかぎりです。またサチエ並にチビってます。情景描写はまさりんさんをお手本にして、細部まで見ようと試みています。





改善点

毎度の反省になるんですが、語彙にこだわりすぎて肝心の話の骨組がしっかりしていたかといえば自信がありません。
あれもこれも詰めすぎて描写不足、ぼやけてしまっていたかも。とくに鉱山跡地で青磁が洋三の耳を噛みちぎるところは大幅に肉付けしたので、後付け感が強く、書き方が性急に感じるかもしれない。
次回参加するときは見せ場を絞ってそこを丁寧に書くようにします。






ここらへんが反映されています

人魚の傷

[asin:4091218555:detail]

川上弘美「龍宮」より「海馬」


川上弘美「なめらかで熱くて甘苦しくて」より「ヰタ・セクスアリス


最終兵器彼女(書いたあとからあ、似てると思った)

[asin:B00DQ3BSLS:detail]




おそらく。血肉になってるもんですねえ。

第22回短編小説の集い感想あなたのここが好きでした

短編小説の集い第22回、久しぶりに参加させていただきました。ほかの方の作品のここが「ああ好き!」というところをご紹介します。


Bubbles


作品一覧はこちらから
http://novelcluster.hatenablog.jp/entry/2016/07/24/161125novelcluster.hatenablog.jp





http://ronpoku.hatenablog.jp/entry/2016/07/14/141741ronpoku.hatenablog.jp

芋男爵さんの今作は、前回の「春一番の彼女」にも感じたことですが、小説というよりはフランスかどこかの詩のようで、読んでいてすごく心地がいいんです。若い男女が海にくる。男は女のささいなしぐさひとつひとつに、彼女への愛を確認する。
じりじりに灼けるような日射しというよりは、さわやかな潮風のなかで祝福されているような、そんなふたりを切り取った情景が素敵でした。ボリュームも詩と小説の間の感じで最適だったのではないでしょうか。あんまり言葉を尽くすと野暮になる、そんな美しい文章です。
こういう長調の情景を、自分も素直に書けたらなあと感じます。あと何十年かかるかな。




ナチュラルに猪が出てくる「春一番の彼女」がも好き。
http://ronpoku.hatenablog.jp/entry/2016/03/26/161155ronpoku.hatenablog.jp





nogreenplace.hateblo.jp

主催者さんの作品。
冒頭の海をただよう描写が読んでいて気持ちいい。
川添さんが主人公のその先に一松の不安を覚え、まさりんさんが「おかみさんの名前があると存在が濃くなる」といった内容のことをおっしゃっていたように、私もこの物語「月9っぽい感じで続きそう」と思ったのが最初の感想です。
月9ドラマって、主人公が大体最初は自分からはあまり何もせず、悩み、いつの間にか成長し、いつの間にか二人以上の異性に愛されている。優しいファンタジーだなと私の目には映ります。
このお話も美幸の周りは和子をはじめとして優しくて、きっとサーファーたちも美幸を快く受け入れてくれるんだろうなあ、美幸はそのサーファーとなんとなく恋に落ちたりするんだろうなあ、とその先の妄想を進めてしまいました。

ひとつぐさっと心にささったのが、美幸の「それ以上私の心を暴かないで。これ以上みっともない姿をさらしたくないの」という独白。あーどうしてこの感覚がわかるんだろう。
自我の肥大している美幸にいらだちを覚え、でもこんな優しい世界があったなら、と渇望してしまう私もまた自分の殻に閉じもったままただ漠然と死にたがる美幸なんでしょうね。

最後まで読み終わって文字数が4900字であるのを二度見しました。そんなにあった!?
物語としても舞台としてもそんなに派手さはないはずなのに、最後までダレずにすっきりと読ませる文章力はお見事です。





nerumae.hateblo.jp

私のです。あとで振り返りを書きます。





lfk.hatenablog.com

端的にいうとこの物語、今までの川添さんの作品のなかで一番好きでした。
冒頭の短い会話のやりとりがテンポよくて、スっと物語に入っていくことができました。話している二人が何者なのかの描写を完全に省くことで、逆に読み手としては「いったいこの人達はだれなんだろう」「何の話になるんだろう」とふたりのやりとりに集中します。
途中一方が「医療技術って、どんどん進歩してるんだよ」と始めたところで、「やべえまた投げっぱなしジャーマンか?投げっぱなしで終わるのか?」と不穏になりましたが、意外にも今回はスッキリ収束しました。
映画「ノッキンオン・ヘブンズドア」という物語の柱みたいなものが一本あったからかな。
それにしてもその話をえんえんと受けてるもう一方の人、人がよすぎねえか。
ああ、何を話しても(ちょっとびっくりしつつも)受けとめてくれる、ってこのスタンスが読んでいて心地よかったのかもしれない。





masarin-m.hatenablog.com


まさりんさんの作品は前回同様、今までとは違った新しい試みをされている印象を受けました。パラメータ的にいうと描写の解像度が少し下がって、そのぶん登場人物の心情についての文字数が多くなっている感じ。だからといってお話の輪郭がボケているわけでもなく、たとえば由美の描写、

「他の郵便物と一緒くたに口にくわえ、レジ袋を両手に持ち直して、鉄製の階段を登った。」

「夕飯の材料を手早く冷蔵庫にしまって、手洗いとうがいをした。」

「こっちはもっと悲惨な患者を見ている。末期の肺がんくらいでひるまないぞ。」

他にもあるんですけど、まさりんさん母子家庭で看護師のお母さんだったんですかってくらいものすごく解像度が高く、リアルに感じます。
さらにこの描写から由美の「女手ひとつで子どもを育てる気骨ある母親」「肝の座った看護師として働くまじめな女性」といった複数の特徴も伝わってきます。手紙の文面から、祐二が死ぬ間際まで地に足つかない、ふわふわした男だったことも。

祐二が死んだということに対して、愛情とはちがった喪失感を抱く由美。この気持ちはわかるけど、それに対応する簡潔な単語が見当たらないんですよね。ついでにいうと、慎一のような状況下で父親の死をテンプレのように「悲しい」と言わせるのも、現実には確かにちょっと違うと思う。慎一のこの感情は脳内シミュレーションをどれくらいやって行き着いた答えだったのか気になります。それともスルっとここに帰結したのか。

そういう「単語じゃなく物語でないとちょっと表現しがたい」ような感情を今回まさりんさんが見据えて、躊躇なく描写しておられたのは、さすが、の一言でした。





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目の見えない少女と、彼女を引き取った「彼」のお話。
なおなおさんは舞台設定がしっかりしていて、かつそれをわかりやすく読み手に伝えようとする姿勢が伝わってくるので好感を持ちます。レトリックに走りすぎず、読みやすい文章です。
今作でも前半部分で「私」と彼、天海の関係性を丹念に説明してくれていたので、けっこう複雑な二人の関係と背景もスッと頭に入ってきます。「私」が天海に信頼を寄せる理由もわかります。
2人の設定や、そこからクトゥルフの世界観につなげるという発想はユニークです。ただ「私」と彼と海との世界線に後半急に魔王のいる世界がやってきた感があります。後半にたどりつくまでの間にこの世界の荒廃をにおわせるような伏線をどこかに入れておくとなじむかもですね。







以上でした。
素敵な海の物語をありがとうございました。




他の方の感想はこちら
http://novelcluster.hatenablog.jp/entry/2016/08/07/200256novelcluster.hatenablog.jp

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