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【創作】なまいきジャンクション−第5回短篇小説の集い

http://novelcluster.hatenablog.jp/entry/2015/02/25/000206
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はい参加します!ぜろすけ氏運営多謝です。


タイトル「なまいきジャンクション」
文字数3557字
※今回エログロ描写はありません(ありません!)。
※この物語はフィクションです。実在の人物・作品とは関係ありません。


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http://www.flickr.com/photos/58782395@N03/5518991291
photo by Sweetie187



「つまようじをくれ」とその猫がいったので、ひろしは抽斗を引いたそのままの軌跡で椅子ごと後ろに倒れた。

 両親を起こさないようにそろりそろりと階段を降り、居間からとってきたつまようじをひろしがハイと差し出すと、猫は「感謝する」と前脚で器用に受けとった。

「あまり驚かないんだな」そういって机の上にどっかりと座った猫がシイシイとつまようじで牙の間をせせった。ひろしはこたえた。

「マンガでいっつもこんなのを描いてるからね。夢に見るのは初めてだけど。それともぼく、今日コングたちに殴られすぎておかしくなっちゃったのかなあ。あ、お前もしかして」

 薄明かりに目が慣れてきたひろしは、猫のところどころちぎれた耳をまじまじと見て夕方のことを思い出した。

「おまえ、夕方、空き地のボス猫たちにやられてた猫かい」

「猫?ああ、この岐体のことか。きみんとこの生物に似てるらしいな」

 こほん、と咳払いすると猫はぴっと姿勢を正した。窓からこもれるかすかな月あかりが猫の青鼠がかったビロードのような毛並みを撫で、いびつにちぎられた耳の輪郭を切り取った。夕方に見たときはもっとしゅっとしていた気がするが、今はいささかふっくらとして見える。暗いせいかしらん。ひろしは思った。

「いかにもぼくは夕方、君に助けられた岐体である。本来ならば重大な職務違反のところだが、今回はトクベツにお礼として、キミの分岐を調整しにこうして馳せ参じたというわけだ、感謝したまえ」

「礼に来たのに感謝しろってまた尊大な猫だな」
「なにかいったか」
「いえ」

 猫に睨まれひろしもパジャマ姿のまま布団の上に正座した。ちょうどその尊大な猫に相対して、講釈を拝聴するようなかたちになった。


 猫はひろしの4畳半の部屋をぐるりと見回した。書棚はすべて新寶島をはじめとしたマンガで埋めつくされていた。土埃をかぶって少ししらけた黒いランドセルの横には、これまた埃をかぶってぼろぼろになったシャツと半パンが脱ぎ捨ててあった。

 猫はふたたびひろしに目を戻した。ひょろりと長い顔には頼りなく八の字に垂れたまゆげのほかに、ほっぺたのあたりの誰かに殴られたらしいかすかな青あざがあった。

「この服は今日ぼくを助けたときに着ていたものだな。察するところ君はマンガばかり読んでいるもやしっこのいじめられっこだ。今日もそのコングなるいじめっこたちにやられた帰り道、ぼくが空き地であの下等生物たちに襲撃されていたところを通りかかったのだな。よくそんな満身創痍でぼくを助ける気概が残っていたものだ。感心する」

「バカにすんない。猫いっぴき助ける余力くらい残ってらあ。いや、なんでそんなにわかるの。どこから来たの。君は宇宙人なんですか」

「ウチュージン?なんだねそれは。我々の次元にも共通する概念で喋ってくれたまえ」
つまようじって言葉はあるのにウチュージンはないのかよ、とひろしはいいかけたが黙った。いいかね、と猫はまたひとつ咳払いをした。

「ぼくは第2222次元で下位分岐安全保安局という国家機関に属する分岐調整官だ。ご存知のとおり、この世界はすべて分岐で成り立っている。君が朝どちらの足から靴を履いたか、お隣の奥さんが何時何分何秒に浮気に出かけたか、君がいじめっこたちからノートを奪われたか否か、そんな微細な分岐の重なりからすべての次元は均衡を保っているのだ」

猫は器用に両前脚を上下させて天秤のマネをした。

「だが極めてまれにだが、不安定な下位次元ではそのバランスが崩れるときがある。いわゆる『誤分岐』というやつだ。並行する次元間は基本的に干渉しあわないが、誤分岐がもたらすエントロピーの過剰増大から、近接する次元もろともに吹っ飛ぶことがある。それを未然に防ぎ、管理調整するのがぼくたちの仕事ってわけさ」

「水いる?」
「いやいい。だいたい2000字で終わりたいからね」

猫はぜえぜえといったん息をつくと、ふたたび続けた。

「で、今回この次元この日この座標で、約2000次元を巻き込む世紀の誤分岐が起こることが調査によりわかった。誤分岐調整の役目をこのぼくが仰せつかったってわけ。ところが設定座標が目標よりほんのすこしズレていたために、運悪くあの凶暴な生物たちのたまり場に転送されてしまったのだな。恐ろしいおろそしい。君があそこでぼくを助けてくれなければ、ぼくどころか君もこの次元もすべて消滅していたんだぞ」

「はあ、エントロピーのトントロピー。ぼくの夢にしてはなんだかコムズカシイなあ。で、そのゴブンキとやらは直ったの」

「もちろん。ぼくだぞ。まったくあのいまいましい魚屋め、2000次元を吹っ飛ばすほど鯖を仕入れ誤るやつがあるか。いい鯖だった」

猫がうっとりと舌なめずりをした。

「ぼくも2000次元の救世主だが、いわば君もまた間接的に英雄なのだ。誇りたまえ。であるからして、特別に君の分岐を調整しに来てやったということだ」

そこまで言いきると、猫はふうと息をつき大きく伸びをした。しなやかな弓なりに反ったその体躯はまさしく猫そのものなのだが、じゃあロボットか何かなのかな。ひろしは思いつつ、言葉の意味をようやく飲みこむと猫にこう詰めよった。

「まてよ。つまり、ぼくの未来をよくしてくれるってことかい。じゃあさじゃあさ、あのいじめっこ達をメッタメタのギッタギタにやっつけてよ。それかぼくを筋肉ムッキムキにするとかさあ」

「あーやだやだ野蛮ァーン。これだから下位次元ってェーー」

猫がきゃー、にゃーと裏声を出した。ひろしはうんざりしてきた。早くこの夢終わんないかな。

「あのね、ぼくが調整できるのは君自身の分岐だけ。さらにね、君をムキムキになど形質を物理的にはなはだしくゆがめる行為は、それこそこの次元が吹っ飛ぶぞ」

「そんなにムリなのかよ」

ひろしはがくりと布団に手をついた。ぼくは一生もやしっ子。その様子を見て、猫はなだめるように優しい声を出した。

「まあまあ、こうやってぼくと話しているあいだにも実は、君の未来は変わっているのだよ。いわばぼくとの出逢いもまた分岐だ。たとえば君が将来右腕を失う、という分岐はたった今消滅した」

「腕ぇ!?」水をぶっかけられたようにひろしは上体を起こした。

「困るよ!利き腕がなくなったら!ぼくマンガ描いてるんだ、将来は手塚治虫先生みたいなマンガ家になりたいんだ」

ひろしが猫を抱きかかえてがくがくとゆすると、猫は鯖鯖鯖、鯖が、と悶えた。

「だからその未来はなくなったってば。君ができるだけあるべき本道から転げ落ちないよう、いまこの瞬間にも分岐を剪定しているのだ」

げほげほと咳き込みながら猫は抱きかかえられたまま、ひろしの鼻の先に前脚を出した。

「君のすすむべき道はもう見えているだろうが、確認のためにあえて尋ねよう。君はなりたいんだね、マンガ家に」

ひろしは琥珀に輝く両の目を真正面から見据えた。それから、はっきりと、深い声でこたえた。

「なりたい」

猫はしばらくひろしの目をまっすぐ見るとやがて目を細め、自分の身体を抱えるひろしの右手の甲を、ざり、と舐めた。そして手の内からすると抜け、ふたたび机の上に音なく着地した。

「では、ぼくはそろそろ行かなければ。君の友愛に感謝するよ。あ、それと、ぼくの他にもいじめられている猫様の生物を見かけたら、また助けてやってほしい。おそらくぼくの同胞だ。では」

 そう言って猫は、器用に窓を前脚で開け、縁へ立った。その背中を見てひろしは慌てて引きとめた。「まってよ」

「待ってくれ、もう終わりかよ。ぼくは将来マンガ家になれるの、その…ちゃんと才能があるのかよ?」

「サイノウ?なんだねそれは」

 猫はふいと首をかしげると、にゃあ、とひと鳴きして縁を蹴り、闇夜へぽーんと溶けこんでいった。




 次に気がついたのは布団の上だった。頬にあたるいまだ白くさめざめとした光と新聞配達の自転車の軋む音が、いつもは目覚めない時ごろであることをひろしに教えていた。

 ー夢か。そうだよね、夢。
 マンガのことばっかり考えてるから、とうとう猫がしゃべリ出す夢なんて見ちゃったよ。よろよろと上体を起こし、ひろしは机の上に手をついた。

「いてっ」何かが刺さった。

つまようじだった。


 ひろしは窓の外に目をやった。四角に切り取られたその向こう側に、まっさらに洗濯をしたような青が少しずつ鮮やかにひろがってゆく。夢のなかの猫の言葉を思い出す。

 マンガを描こう。今日から毎日描こうかな。

 学校へ行ったら、コングたちにノートを返してもらおう。それから、勇気を出して、あの転校生にも話しかけてみようかな。
 もし彼と仲良くなれたら、いろいろ話してみたい。僕の好きなマンガの話や、アイデアの話。それからもしきっと、もうちょっとだけ仲良くなれたら、こっそりと教えようかな、今日の夢の話。
 あの青鼠色で、耳のちぎれた、生意気な猫の話を。




ーーー了ーーーー


Inspired by

藤子・F・不二雄 - Wikipedia

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