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nerumae

ほぼねるまえに更新してます 読んだ本/聴いた音楽/マラソンみたいに続けていきたいふつうの日記

すべての揺らぐ人へ−「ビオレタ」(と、私)

読書_小説・随筆

ビオレた。
ビオレタりましたよ。
ビオレタってしばらく経ちますがまだ余韻のなかです。よい余韻です。

ビオレタ (一般書)

ビオレタ (一般書)

寺地はるなさん「ビオレタ」の感想です。

あらすじはもう多くのかたが書かれているので、以下ざくっと読書感想文と自分語りをします。若干のネタバレ含んでいますので、未読のかたは先に作品を読んでからこの先を読まれることをおすすめします。あと長いです。




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感想

・人間を見つめている

ストーリーの舞台は菫さんの経営する雑貨店「ビオレタ」ではあるけれど、そこを軸として、「人間」をまっすぐ見つめて書かれた作品だなあと思いました。主人公の ( たえ )、菫、千歳さん、お父さんお母さん、ツカサ叔父さん、妙の元婚約者である慎一、ビオレタに「棺桶」を求めに来る人々。
それぞれの登場人物にそれぞれの丁寧な物語が存在して、それらが本筋の流れの中でちりばめられた宝石のようにきらりきらりと顔を見せています。

寺地さんは(失礼だし当たり前なんだけど)ブログで書かれている作品よりももっと人間の深くを見つめていて、帯通りそれを「すこやかに」出力しています。 

主人公の妙は被害妄想が少々強くて疎外感を感じてしまう女性。その彼女が、ビオレタでの他者とのかかわりを通して、一度じぶんの内面に深くもぐり、そこから還ってきて他者を受け入れる強さと大きさを得る。

こうやって私が要約すると陳腐になってしまうのだけど、千歳さんの抱えるもの、菫さんの抱えるもの、蓮太郎くんのこと、家族のこと…物語が進むにつれ、妙はそういった「見えないもの(見ようとしてなかったもの)」が見えるようになっていく。「ビオレタ」での日常を追いながら、テンポのよい文体に背中をポンポン押されながら、そんな妙と同化していくのはとても気持ちよかったです。

・寺地さんの文章のにおい

なんでかわからんのですが、いつもブログで読ませてもらってる寺地さんの物語に静謐な部屋のなかの石けんみたいなにおいを感じます。ボディソープでも香水でもなくて、固形石けんの清潔なにおい、よいにおい。

今回の「ビオレタ」では、そういう静謐な石けんのにおい以上にたくさんのにおいを感じました。掘り起こす庭の土のにおい、カレーのにおい、潮のにおい。
生活のにおい。ちゃんとそこに息づく人たちのにおい。よいにおい。

そうやってにおいを強く感じるようになるほど、反比例に「これ寺地さんが書いてる」って意識は薄くなっていきました。完全に頭から消えたのは蓮太郎が仮病した妙をファストフード店にひきずり連れて話をするあたりからかな。それくらい物語に没入させてくれる力がありました。

・すべての揺らいでしまう人たちへ

この物語は「揺らいでしまう」人たちのための解放の物語でもある、と思いました。

実はわたくし家族のからむお話とくに母親のからむお話が苦手で、というのは自分自身がいわゆる世間でいうところの機能不全家族のもと育ったふしがあるからなんですね。その他のストーリーと同じように距離を置いてとらえるということができないんです。

私も妙と同様に、「自分が揺らいでいて芯がない」と自信がなく、劣等感が強い。「世間一般の人並みのフツウのシアワセ」なんて陽炎みたいなものが欲しくてなりたくて、でもなれなくて、卑屈になっていく。

けれどこの物語にあるように、そしてうっすら気づいていたけど、「揺らぎのない人」「強い人」なんてどこにもいない。
蓮太郎が妙にがっつり指摘したように、自分に妄執して誰かの揺らぎに気がつかない、「庭になってやろうとしない」、というのは、ああそうだなあと。

「ビオレタ」を読みすすめていくうちに、妙といっしょに、私もまたそういった自縄から優しく気持ちよく解放されていく感じでした。

終わりに

よい物語って余韻がのこりますよね。
よいお酒、たとえば上質の日本酒やウイスキーみたいに読み終わったあと心のなかにびいぃんと余韻が残って、本から目をあげたあとの世界が読む前とは違って見えますよね。美しくみえる。

「ビオレタ」の最後の頁を名残惜しくめくり終わって、顔を上げて、ああ、と嘆息して、窓の外の庭をみながら、久しぶりに小一時間もぼーっとその余韻に浸りました。たいへん気持ちよかった。

もしはてなブログで先に寺地はるなさんの存在と文章を知らず、ここまでこの「ビオレタ」で心を震わせることができたか?と訊かれれば、迷わずに「イエス」と即答します。書き手の既知を問わず、「ビオレタ」は珠玉の物語でした。
ああここまで書いて1mmでも「はてなユーザーつながりのリップサービスだろう〜!?」とかスギちゃんみたいに思われんの悔しいな畜生〜!違うから!

最後の最後になってしまいましたが寺地先生書籍化本当におめでとうございます。






*おまけ

作品中4箇所くらい泣いた場面があったんですけど、そのうちの一箇所が、主人公 ( たえ )のお父さんが妙に彼女の生まれたときのことを話す場面。
「新生児室で、どれが妙かすぐにわかった」っていう感覚はああそれあったあった!と思いました。

光が指しているように際立って見える、まではいかないけど、新生児室にいって自分の子がすぐわかる、どれが子の泣き声かすぐわかる。産んですぐだから声を聞いてまだ数時間もたってないのにね。不思議だったなあ、そういうもんなのかな。

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