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機会詠と三陸の話


まだまだ永田和宏「作歌のヒント」を読んでいる。

NHK短歌 作歌のヒント

NHK短歌 作歌のヒント


そのなかで「機会詠」というのを目にした。これは311とか湾岸線戦争、阪神大震災など実際の社会的事件や出来事をモチーフにして詠むというもの。
ここで著者の永田氏が指摘していることを読むうちに、夏に三陸を訪れたことを思い出したので、書いておく。



永田氏は湾岸戦争の機会詠を引用してものを見る際の注意点を説く。

海鳥は油にまみれ生きている映像に幾度も一羽のアップ

住まい変ええぬ水鳥悲し打ち萎え原油の海になお潜りゆく

放出の原油にまみれ海鳥のよたよた歩むペルシャ湾

モチーフの湾岸戦争のように、じっさいに私達が現場にいって見ることが難しい事象の場合はメディア、主に新聞やテレビを情報源とせざるを得ない。メディアの情報の中に誰かの視点の介入を疑わないまま受け取ると、かくも画一的なものの見方になるという好例だ。
永田氏はこの例をして「送り手がメッセージとして伝えようとしている内容からいかに離れて、自分の視線で画面を見ることができるか、これが機会詠が成功するかどうかの分かれ目」だという。


私はこの例を読んで、夏に訪れた三陸の風景を思い出した。
仙台から岩手県大船渡の知人まで向かう際、東日本大震災津波被害にあった沿岸道を通った。塩釜、東松島石巻、南三陸

結論からいうと、月並になってしまうけれど、テレビで観る映像と受ける印象はまったくちがっていた。

道路を車で進むあいだ、定期的に速度表示とセットで「ここまで震災浸水区域」という標識の下をくぐる。道路脇も波が到達した部分とそうでない部分とがはっきりとわかる。到達した部分は田を草が覆い、木々がへしゃげている。土台とその脇のショベルカーを何台も見たけれど、どこもそのまま時が止まっているようだった。

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プレハブの商店街と、その前に砂利の広い駐車場を見つけたので車を降りて沿道沿いを歩いた。そのあたりも浸水したエリアらしく、家の土台だけが残っているところに簡素な地蔵が立っていた。
すぐ向こうが海岸の、沿道沿いを歩くと200mほど先に高台の上にある神社が見えた。


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私はそこに立ち止まったままぐるりと一回りして、頭のなかでシミュレートした。
実際に私がこの地で津波の襲来を目の当たりにしたとして、どうやって逃げよう?
家は向こう、ここいら視界に入るもののなかで一番標高の高い場所はこの高台の神社。そのすぐ脇は海岸で、右手に津波がくるのを確認しながら、冷静に神社まで走ることができるだろうか?間に合うだろうか?よしんばその高台の頂上まで登れたとして、津波がそこまで到達しないという保証は?
呼吸が浅く、苦しくなって、私はそこで前かがみになった。たぶん生まれて初めて、過呼吸に近い状態になった。


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テレビにはプレハブは映っても、私がその日そこでみた抜けるほどひろがる青空はうつらない。復興しゆく街は映っても、そのすぐ隣の復興途中から中途半端に投げ出されたままの土台は映らない。半モニュメント化した「浸水エリアここから」という道路標識も土台の地蔵も献花台も、この土地に津波と突如現れて日常として居座ったままだ。
帰宅後テレビをつけると、予算がふくらみまくったという新国立競技場の話題でもちきりで、なんだか、遠いとおい国の祭りを見ているようだった。


機会詠をはじめとして短歌を詠むことが、この「他者の視点に気づき、はなれ、自分の視点でものをみる」練習なら、私たちはなおいっそう短歌が必要になるんじゃないだろうか。
とりあえずもうちょっと短歌の目が熟してきたら、いつか機会詠もやってみたいなと思う。

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