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nerumae

ほぼねるまえに更新してます 読んだ本/聴いた音楽/マラソンみたいに続けていきたいふつうの日記

【文章スケッチ日記】渓谷

ここから奥へ歩いていくと渓谷があるよ、とコテージの管理人に簡易の地図を渡されたので、私たちはそこへ向かってみることにした。

キルティング地のブーツに雪がついた。今年は雪がそれほど深くないものの、さすがに山道にはまだ残っている。零下に近い外気が頬にあたって、自分の内側と外側をきっぱりと定義する。通年このあたりを散策する人達が多く訪れるのは秋口だ。それでも、時折愛好家が往来するのか、この日の雪はすでに幾人かの足あとで踏み固められていた。

私たちは林の奥へと歩みをすすめる。
雪を踏みしめるブーツの音が、キシ、キシと二人分響く。
静かな森だった。
私ともう一人の連れ、女学生は無言で渓谷へと歩く。
足取りがしっかりしているね、都会から来たのに、と声をかけると、ワンゲル部だったんです、と彼女はこたえた。足元はだんだんと凹凸が多くなる。口から白い息があがる。自分の心肺の存在を感じる。

狭い林を抜けると、急に視界がひらけた。ざああ、と、水の流れる音がした。

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私たちは視界の先の吊り橋まで歩き、橋の柵に手をかけた。
足下を覗きこむ。白と灰茶に囲まれて、底のみえるほど透き通った岩場の、水の流れがそこにあった。
水は絶え間なくそこに流れ続け、私と学生はしばらくそこで流れを観ていた。

学生が「もっと先のほうまでいってみましょう」というので、私たちは吊り橋を渡りきって、さらに山の奥のほうへ進んでみることにした。

吊り橋が終わったあとの道はいよいよ未開かと思いきや、新雪の上に人間の足あとがあった。
ひとりぶん。男。迷いのない一定の歩幅と、つま先が外に向いた歩きかた。山に慣れている。

私と学生はどちらということもなく、その足あとを追うようにしてキシ、キシと雪を踏みしめた。
あたりの木々に覆われて薄暗い。ざああ、ざああ、という水の流れだけが聴こえる。私はときおりバランスを崩す。

「あ、オコジョ?」

とつぜん前を歩く学生が、歩みをとめて声をあげた。
その声に足元ばかりをみていた私は、はっと顔をあげた。

視界の右斜め前、細い杉の木々のあいだ、白い雪の上に山吹色の細長い体躯がいっしゅんだけみえた。

山吹色はからだをひるがえしたあと、木々のむこうへと音なく消えていった。

「オコジョですかね。テンですかね」
「わからない、一瞬だったから。イタチかも」

私と学生はしばらくだまって、山吹色が消えた先を見つめていた。

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