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【習作】Birthroid Eva-F003

withnews.jp


こちらのアート作品に感化されて書いてみた。約2600字。

レッツラムーピーゲーム。

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Birthroid Eva-F003


http://www.flickr.com/photos/59138347@N00/5886967369
photo by damselfly58


「おかえりなさいシイナ、今日は早かったのね」
リビングからかけよってきたエヴァをみて、エントランスでパンプスを脱いでいたシイナはさっと顔を青ざめた。
「やだ、エヴァったら!走るなんてダメよ」
「これくらいの小走り、したほうが逆に胎教になるわよ」
「ダメよ、あなたに何かあったら」
呆れたようにエヴァの背中に手をかけ、ぐいぐいとリビングのソファに誘導するシイナに、エヴァは口元をふっくらとした指でおさえてくすくす笑った。
「シイナは過保護なんだから」

「それで?今日のベイビーはどうだった?」
シイナはエヴァのからだがソファに沈んだことを確認して、それからオーダーメイドのパンツスーツに皺がよることも厭わず彼女の前にひざまづいた。
ベージュピンクのシフォンワンピースの下の、豊かな曲線を描いたエヴァの腹部に、慎重に耳を押し当てる。
「もちろん、とっても元気よ。今日は私のおなかのなかで一回転をしていたわ。将来は体操選手になるのかもしれないわね。スキャンを見る?」
エヴァはシイナの赤褐色のショート・ボブに指先を入れ、ゆったりと彼女の髪をとかす。
「いいわ。すぐに想像できたもの」
シイナは目を閉じてその感触を味わう。
とくん、とくんと耳を押し当てたエヴァの奥から、小さな心音が聴こえる。
その健やかなリズムとエヴァの笑顔を確認することが、ここ最近のシイナの帰宅後の日課になっていた。

「もうすぐ生まれるのね」
シイナはエヴァの手をとって握り、ひとつため息をついた。
エヴァは上半身を少しシイナへとかしげた。
エヴァのゆるやかにウエーブがかった栗毛の髪が、シイナの肩へと落ちる。それはヴェールのように、繭のようにシイナを優しくくるんだ。
「そうね。産むのは私だけれど、生まれてくる子どもは間違いなくあなたとトーリのベイビーよ。どうしたの、なにか心配ごとでも?」

「なんだか不安になってしまって。やり方は小さな頃から学校で習っていたけど、子どもを持つなんて初めてのことだから。ごめんなさい。私の代わりに産んでくれるのは、エヴァ、あなたなのにね」
シイナはエヴァの身体に顔を埋めたまま肩を震わせた。
エヴァはシイナの肩を抱き、自分の声が彼女に心地よく響くようつとめて、ここ数日くりかえしている文言をもう一度となえた。
「そう、不安なのね。大丈夫、大丈夫よシイナ。ベイビーが生まれてからも、私はあなたのそばにいるわ。ナーサリープログラムも標準でインストールされているから、あなたが望んでくれるなら、私はあなたをサポートできる。あなたは今までどおり、お仕事に専念していていいのよ。私のボディはもうひとりまで産める最新の型式だから、そのときまであなたとトーリのベイビーをいっしょに愛することができるわ。もしもあなたが、そう望んでくれるなら」
それを聞いたシイナははっとして、エヴァの身体から顔を離した。
「そう、そうね。そうだったわ」

エヴァ、不思議ね。最初あなたが私とトーリのもとへやってきたときは、正直にいってしまえば、あんなに違和感があったのに、この頃はすっかり忘れてしまうわ。あなたがバースロイドだってことを」
「ふふ、私もあなたとずっと昔から親友だったような気がするわ、シイナ」
エヴァはシイナの切れ長の目のふちが少し赤く熱を帯びているのを感知して、その湿りけをそっと人差し指でぬぐった。
シイナの涙は人工樹脂の皮膚の上で細かく粒子となり、エヴァの指先からこぼれ落ちた。

「さあシイナ、スーツを着替えて、もう眠りましょう。トーリは今日も泊まりこみかしら。あなたもここのところお仕事がたてこんでいたから、少し疲れているのかもしれない」
エヴァに促されてシイナは立ち上がった。寝室へと続く廊下を二人は歩いた。
そういえばバースロイドがなかった時代、まだ女たちが自分の子宮を使って妊娠や出産をしていた頃も、こんな情緒不安定な時期があったと何かで聞いたことがある。シイナは思った。この気持ちがそれなのかしら?

「何度でもいうわ、エヴァ。あなたには本当に感謝しているわ。今の私の望みは、元気なベイビーが生まれてきてくれること、そしてそのあとも、あなたが私と、私たちとずっとずっと一緒にいてくれることよ」
シイナは寝室のドアの前に立つと、エヴァに振り返り、彼女の手をとった。
「だからあなたの望むことも叶えてあげたい。国の「二子保持の義務」をクリアしたあとも、ほかのロイドのように回収処分にすることはもちろん、別のロイドに交換することだって考えられない。あなたはもう大切な私の友人であり、家族の一員なのよ。何か私にしてほしいことはない?」

エヴァは少しのあいだ、つないだ手に目を落とした。それからほほえんでシイナを見つめなおした。
「ありがとうシイナ。私も何度でもいうわ。私の望みはこれまでと変わらない。あなたのよき友であり支援者であり、そして生まれてくるベイビーたちのよきナニーとなることよ」
エヴァは七回目の「バースロイドの原則」をシイナに唱えた。いままでの六回とはできるだけちがった抑揚、テンポ、声の高さを意識した。
人間は、知らないから、忘れたから何度も同じことを問うのではない。
安堵したいから、自分の中のどこかに刻みこみたいから繰り返しことばを求めるときもあるのだ。
そのことを、エヴァ人工知能はこの七回のやりとりのうちに学習した。けれど、その「どこか」が一体どこなのかは、エヴァのチップはまだ解析できない。
「でも」
エヴァはシイナの手を、ほんの少しの力をこめて握り返した。
「でも?」
シイナは目を見張った。七回目の彼女のルーティンは、いつもと違うことばをエヴァの中に生じさせた。
「でも、そうね。もし、もしも叶うなら、あなたのセカンドベイビーが生まれて私のボディが回収の時になったら、私のデータをどこかに残しておいてほしいわ。もしそれが無理なら、私のことをどうかシイナ、あなただけでも、ずっと忘れないでいてほしい。『Birhroid Eva−F003』のエヴァではなくて、『私』がいたことを」





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ふりかえり

最初はぜんぜん違う筋書きになるはずだったのに気づいたらこうなってた。
最初に考えてたのは『産む機械』としての女性性を社会から押し付けられてきた女性が成人して人工子宮、「バースロイド」を運用することになり、でも自分もまたバースロイドに「産む機械」としての役割を押し付けていることに気づいて嫌悪感と罪悪感を抱く、みたいなお話を思いついたんだけど。
人間社会のなかに人工知能、バースロイドがうまく溶け込めるように賢く神様みたいに完璧であればあるほど、シイナみたいに依存しちゃうのもまたひとつの可能性だよなあ。
あと人工知能で実存希求のラストに帰結しちゃうのはテンプレ、引き出し不足。

思考の粘り不足ではあるけど、プロットを考えながら思考実験を繰りかえすのは面白かった。
こういう「考えてみたい!」って気持ちを多くの人に想起させた菅実花さんの作品、素晴らしいと思う。

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