短歌がおもしろくなるルールは31文字を守るだけ
のまちゃんです。
まずはこの歌に対してさまざまな解釈を寄せていただいてありがとうございました。
返歌までつくってくださった方がいて感涙です。
この歌に出会ったのはもう6~8年くらい前です。
それほど前の歌でも古くならずにこうやって複数の人の心を動かす客観性とドラマをもっている歌なんだなあ、そして私やっぱり短歌好きなんだなあ、と改めて感じた次第です。
で、もしかしたらこの歌を目にした方のなかに「短歌やってみよっかな」と思うかたもいらっしゃるかもしれません。
きょうは短歌が俄然おもしろくなるたったひとつの最初のルールをログしておこうと思います。
そのルールとは、「31文字の文字制限を守る」という大前提、たったこれだけです。
このルールは私が24、5歳の頃、素人の短歌コミュニティにて、ある歌人さんからアドバイスいただいたことです。
「最初のうちは31文字をきっちり守ったほうがいい」
これは歌人の穂村弘さんも東直子さん、沢田康彦さんとの共著「短歌はじめました。百万人の短歌入門」の中で例を出しながら提唱しています。
・一点に凝らむと据ゑしわが眸(まみ)に緑氾濫のすでに濃き野よ 葛原妙子
というのがあるんですが、「一面の緑」を表現するときにですね、「<<緑氾濫(りょくはんらん)>>といういい方をして、これは定型を意識した特殊な言い方だと思うんですが、何かすごく生命力を感じますよね。川の水が氾濫するような。」
音数を守るために苦労をするということが、何か詩的な扉を開く効果を生むというケースもあると。
独学で短歌をはじめると、どうしても字余りのインパクトと、俳句の種田山頭火・尾崎放哉のような自由律俳句のロックさ革新さのほうが「かっこいいなあ」なんて感じちゃうんですよね。
しかし、31文字という不自由さをもうけ、文章としての自然さよりもリズムやテンポを優先すると、詠み手独自の新しい表現が生まれ、そこに詩歌性というか文学的な何かが生まれています。
わたしも「歌人さんがそういうのなら」と31文字きっちり守るようにして詠んだら、なるほどたしかに日本語について研ぎ澄まされます。
「どの単語と互換しようか」と悩むし、それに合わせて「’てにをは’の助詞はどれにしようか」「漢字、ひらがな、カタカナどれを使おうか」31文字の制限のなかで精一杯遊ぼう、伝えようと頭を使います。
それがすごく楽しいのです。
種田山頭火も尾崎放哉に影響を受けるまでは、かっちり575の17文字で素晴らしい俳句を量産してるんですよね。
定型のなかで最大限の表現力を身につけての力の抜けた崩し体の妙ですね。守破離ってやつですか。
むずかしく考えずに、「まずはかっちり31文字で詠んでみる」をやってみてはいかがでしょうか。
そこでテンポやリズムなんかをつかんでから、だんだんと字余り、字足らずに挑戦していくのもいいかもしれません。
現代短歌では今は季語のあるなしはそれほどこだわらないとかききました(うろおぼえ)。
短歌では基本31文字ですが、あえて印象に残したい部分を字余り/字足らずにする方法もテクニックとしてあるのだそうですよ。
最後に、穂村弘さんの「ラインマーカーズ」から私の好きな歌をご紹介しますね。
穂村さんは視覚先行型でイメージしやすいです。
下記は収録されている歌の中でも定型とリズムを守っているほう、且つ楽しいので、お手本にしやすいのではないでしょうか(^^)
「キバ」「キバ」とふたり八重歯をむき出せば花振りかかる髪に背中に
新品の目覚めふたりで手に入れる ミー ターザン ユー ジェーン
サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい
はしゃいでもかまわないけどまたがった木馬の顔をみてはいけない
ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は
「唾と唾混ぜたい?夜のガレージのジャッキであげた車の下で」
試合開始のコール忘れて審判は風の匂いにめをとじたまま
参考になりました