のべらっくす夏休み特別企画「納涼フェスティバル」に参加します。
友人からの古い伝聞に脚色してみました。たぶんこれ、怖い話の代表的なパターンのひとつなんでしょう。
http://novelcluster.hatenablog.jp/entry/2015/07/20/000000novelcluster.hatenablog.jp
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「じいちゃんのかえれ」
あ、と思ったときには、からだが宙に浮いていた。
バイト帰り、深夜の濡れた国道を原チャリで走っていた。まさか急に降ってくるとは思っていなかったから、グリップを握る手にいつもより力が入っていたのかもしれない。カーブにさしかかり、ガードレールの外に引っ張られるように原チャリごと投げ出された。
暗い土手。川面。地面。地面。地面。やべぇ、俺、おわっ
気がつくと、川の前に座っていた。
まわりは白んでいて静かだった。川はかなり大きいものらしく、靄がかかった向こう側の岸は見えない。
そのうちに川の向こう岸からばしゃばしゃと音がした。
なんだ?目を凝らすと、靄の向こうから初老の男性が手を振りながらこちらに向かって川中を走ってくるのが見えた。かなり遠くからなのになぜか俺は彼が誰だかわかった。父方のじいちゃんだ。
じいちゃんは俺が生まれる前に亡くなったので、実家の仏間に飾られた遺影でしか顔を知らない。遺影と同じ笑顔だった。
じいちゃんは川の向こうから、なにやらものすごい剣幕でなにごとか俺に叫んでいる。顔はわかるけど声は届かない。
よくみるとじいちゃんの口元は「カ・エ・レ、カ・エ・レ」とぱくぱく動いていた。
じいちゃん、と声をかけようとしたその瞬間、俺は後ろから強く肩をつかまれて暗い穴の中にひっぱられた。
「隆史!」
次に気づいたときは、俺は病院のベッドの上だった。
母さんが俺の肩をつかんで涙目で覗きこんでいた。その後ろに父さん、姉ちゃん、白衣をきた医者らしきオジサンが目を見開いて俺を見ていた。
「いやあ、あん時はホント俺おわったな、と思ったよ」
あの事故から一ヶ月経ってようやく退院できた俺は、大学の夏休みを期に実家に帰ってきていた。
よっこらせ、と居間に座って、台所にいる母さんの背中に声をかける。
「笑いごとじゃないわよ。あれだけの事故で意識が戻るなんてって先生もびっくりしてたんだから。ほら、隆史、せっかく帰ってきたんだからちゃんと仏壇に手を合わせてきなさい。きっとご先祖さまが守ってくれたのよ」
母が呆れ顔で、熟れたとうもろこしを載せた皿を持って台所ののれんをくぐる。
「そうそう、俺そのために来たんだよ。きっとじいちゃんが助けてくれたんだ」
「じいちゃん?」
「ほら、俺が生まれる前に死んだっていうじいちゃんだよ。俺さ、たぶん三途の川であのじいちゃんと逢ったんだ。遺影と同じ笑顔で『かえれ、かえれ』って言ってくれてさぁ」
そう嬉々としていう俺を、母さんが皿を持ったまま、凍りついた顔で見ている。
「隆史、たぶんそれ、『かえれ』じゃなかったわよ」
母さんのいうことには、父方のじいちゃんはにこにこしながら平気で人をだますような自分勝手な人だった。友人知人親戚、果ては息子である親父にまで借金をしまくって祖母と親父を残して蒸発。
末期の胃がんで情婦の家から追い出され家に戻ってきたときは、すでに嫁として家に入っていた母さんの看護の手を握りしめながら「くるしい、代わってくれ、お前がかわれ」と言って死んでいったらしい。
「ってことは、俺が聞いたじいちゃんのことばは…」
俺と母さんはだまって奥の仏壇に目を向けた。
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