nerumae

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【文章スケッチ日記】スワンボート

http://www.flickr.com/photos/49503156828@N01/26139103622
photo by gusdiaz



あなたは売店で乗船券二枚を買って、一枚をわたしに渡す。
「あれに乗ろう」とあなたが指をさした先には、白鳥の形をしたボートが数隻停まっている。
白鳥の頭はところどころペンキが剥がれおち、下のプラスティック材がくすんだ灰色をのぞかせている。
桜の花びらが一枚張りついている。

わたしはあなたの後についてボートに乗りこむ。
リクルートスーツのスカートが太ももにへばりつく感触に少し違和感をおぼえる。
どこかで着替えてくればよかった、とわたしは思う。

あなたがペダルを漕ぐ脚に力を入れる。
白鳥は二人を乗せてゆっくりと岸から離れる。
あとは慣性で進むままにする。
少ししてから岸を振り向く。岸のむこうには桜並木がつらなっている。

水銀色の太い幹からのびた枝々。
その先に群生する薄紅色は隣同士がかさなりあい、水彩に似たあわい濃淡を風にさわさわと揺らしている。
四月の空はまだ少しこころもとない。

桜並木の下には、何組かの人々が散策を楽しんでいた。
杖をついた老夫婦。学生のようにみえる若いカップル。ベビーカーを押す女性。
あなたはペダルから脚を離し、ハンドルに上半身をもたれかけさせる。
それから並木の下の人たちをみつめる。
どこかでひばりの声がする。

わたしはあなたの横顔をみつめる。
あなたの変わったところ、変わらないところを思い出そうとする。
あなたの向こう側、水面には、午後の陽の光が粒子となってまばゆくちらばる。その隙間に薄紅色の花びらが浮かんでいる。
六角形の光のフラクタルが大小と、浮かんでは消えてを繰り返しながら、あなたの輪郭をふちどる。まつ毛、鼻梁、くちびる、のどぼとけ。
わたしはあなたの変わったところ、変わらないところを思い出そうとする。

白鳥は惰性で水面をすすむ。
水の波紋が大小と、円を描いて生まれてはフラクタルをこわし、そして消える。

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