サ店日記
近況
小雨。
新年度の慌ただしさの渦にゴウンゴウン心身を廻されながら、あっという間に5月だ。
ちょうど珈琲豆が切れていたので、日用品の買い物のついでに馴染みの喫茶店に寄った。何ヶ月ぶりだろう。
客はいなかった。
その店は東京帰りの若夫婦が2人で経営している店だ。
いつもはご主人がレジ奥の部屋で豆を選別して、店内で奥さんが仕事をしているだけど、今日は逆だった。
奥の椅子に座っている奥さまの膝にはエプロンの代わりに赤ん坊、ちょうど首が座った月齢の、がおとなしく座り、彼女の手には焙煎前の生豆の代わりにその子の手が握られていた。やわらかく。
いつもの通り珈琲豆を挽いてもらって帰るだけのつもりで先に支払いをすませていた私は、「コーヒーも飲んでいっていいですか」とご主人に声をかけた。
グアテマラとクレーム・ブリュレを頼んだ。
コーヒーの味やっぱあんまわっかんねえな、と思ったが、カウンター隅のアイビーを見ているうちにやがてひとりごとも消えた。
店内にはリストのピアノ曲が流れていた。曲名はわからなかった。
帰りにポストカードを2つ買って帰った。
この店がなくなったら困るな、と思った。
外にはまだやわらかく小雨がおりていた。
牛込謙治さん
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