帆場暎一はなぜ狂喜したか−機動警察パトレイバー the Movie感想
id:zeromoon0 のりまきぜろすけさんとid:dobonkaiドボン会長さんの合評しようぜ企画に私も参加します。
おそらく押井守の映画論や描写されている時間軸と文明のバランスについては会長が、全般的なメタファー&文脈の解読についてはぜろすけ氏が得意だろうので私は特に気になったところ、帆場暎一の「狂喜」とラスト「鳥」が示す暗喩についての感想をざくっと。
参加することに意義がある枠なのでそこらへんよろしくです。
作品名:機動警察パトレイバー the Movie
原作:ゆうきまさみ
監督:押井守
公開日:1989年7月15日
帆場暎一はなぜ狂喜したか
今作品は聖書とくに旧約聖書をモチーフにした暗喩が多い。
バベルの塔、言語の混乱、エホバ、方舟、洪水、そして獣の数字666。
私が最初一番わかりにくかったのは今作品のキーとなる暴走レイバー事件の犯人、コンピュータウイルス入りのレイバーOS「HOS」を開発した天才エンジニア帆場暎一のこの時の心情。
「正確にはヤーベ、あるいはヤハウェと発音するのが正しい。エホバってのは誤って広まった呼び方なんだそうだ。それを聞いた帆場は狂喜したそうだよ」
この「狂喜」とは「神」とあだ名されていた男の反応として普通に考えると不自然だ。「神」ではなくて嬉しい、とはどういうことか?
思うに帆場にとってはこの犯罪を、「神」ではなく「人」として犯す必要があったのではないだろうか。
本作が創世記「ノアの方舟」のくだりをなぞらえているとすれば*1、もしも帆場が旧約の「神」であるならば、人々の行いを赦し、二度と地上の生物を絶滅させるような洪水は起こさないと約束しなければならない*2
しかし自らの生まれた町をいびつな土地開発によって蹂躙された「人間」としての帆場は、バベルの塔を創ろうとする傲慢な人間を最終的に赦すことなどとてもできない。
頭のなかで密密と犯罪のシナリオを描いてきた帆場にとって、「『エホバ』は神を指さない」=「最終的に人として事件を執行できる」という事実はまさに狂喜に値する天啓だったのかもしれない。
白い鳥に紛れた烏と666のプレート
自分は「神」ではなく「人」としてこの事件を起こしている、という帆場のメッセージは、終盤のシーンからも推察することができる。
ラスト、浮遊建造物「方舟」の最上階の破れた窓から、吹き荒れる台風の中を飛び立つ鳥の群れ。
そこには白い鳩に混じって一羽だけ黒い烏がいる(最上階に訪れた野明を威嚇する)。首のプレートには「666」の数字。
ふたたび創世記「ノアの方舟」のエピソードに則るならば鳥たちはノアによって運び込まれた地上の生物すべてを表し、方舟から飛び立ち戻ってこない鳥は地上の救済を表す。
また新約聖書ヨハネの黙示録によれば666は「人間を指す*3」。
この黒い烏に帆場は自分自身ないし人間そのものを投影していると私は思う。
白い鳩のように無垢な生物、あるいは無垢な人間にまじって凶兆をもたらす「黒い存在」がいる。その「黒い存在」は不完全であるにも関わらず自分たちが神であるかのようにバベルの塔を積み上げ、一方ではそれらを罰するために、あるいは嘲笑するために、神をなぞって犯罪を犯し、何度でも洪水をおこそうとする。
その黒い666の烏は帆場、人間、いずれにしても傲慢な「ヒト」の化身なのである、と。
そう考えると帆場の犯行は単なる私怨だけでは片付けられない。摂理に反した文明発達が進む限り、「自分が死んでも自分のような存在は何度でも発生するぞ」という嘲笑とも、警鐘ともとれる。
以下全体を通しての感想です。
個人的に好きだったとこ
パトレイバーの動き
パトレイバーの動きやレイバー同士の格闘、実際動くとああそうだよなあこんなにノロいよなあと納得。
もともとレイバーって工業用設計がスタートだし人が搭乗するんだし。そこらへんが単なるロボットアニメよりもリアルで重厚感が出ててちゃんと近未来でした。
松井刑事&後藤さんに押井監督が憑依
押井作品は描写だけじゃなく会話もメタファーの応酬みたいな「押井節」ってのが必ずあるらしくて、観てる人は「カッコいい〜」と思うか「鼻につくわ〜」と思うかのどっちかでしょうね。私はニヤニヤしながらどっちも思ってる。
今回はそんな押井節が炸裂したのは松井刑事と特車2課隊長の後藤さんとのやりとりでした。あのシーンきれいだった。
個人的にどうなのってとこ
おわりに
押井監督の映画自体もそうだけどゆうきまさみ先生の原作も咀嚼力が必要で読み応えがある。
子どもの頃にピンときてなかったのは単にこちらの読解力が不足していただけだったのね。
これからもこんなきっかけで新旧マンガ・作品ガンガン楽しみたいです。
あと古典としての聖書ちゃんと理解しとこう。
お二方の感想はこちら
仕事がイレギュラー繁忙期に入り正直時間とれん!間に合わん!とお2人に連絡したあと、最後の最後、期日1時間前に書く暇ができたという。
何度もご連絡すみませんでした&ご理解多謝どす。
参照;
押井守監督『機動警察パトレイバー THE MOVIE』 - たけみたの脱社会学日記
『機動警察パトレイバー the Movie』と「東京」の創造と破壊――ロマンチストとしての帆場暎一 - 宇宙、日本、練馬
メモ:原作完読してからもっかい読みなおす;
ゆうきまさみと押井守の違い「正義の味方と風邪薬」