nerumae

ほぼねるまえに更新してます 読んだ本/聴いた音楽/マラソンみたいに続けていきたいふつうの日記

【創作】星にとける男

今回も参加します。
すっきりした読後感を目指しました。
一人称です。


【第2回】短編小説の集いのお知らせと募集要項 - 短編小説の集い「のべらっくす」

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【お題】星
【タイトル 】星にとける男
【文字数】3620字




星がみえるようになって3週間もすぎたころ、夜空からちらつく今年初めての白い雪とともに、真っ黒い星が降ってきた。

俺は最初、だれかビルの屋上からムラサキウニでも投げ捨ててんのかと思った。
あんまりに攻撃的なトゲ状のそれは、あとからあとから降ってくる。歩道はまるでまきびしを撒かれたみたいに足の踏み場がなくなった。
どうやらこれは、「だれかの」星らしかった。
俺は黒いトゲ星が降るデパートの屋上に目をやった。女がひとり、鉄柵によっこら足をかけ、下界へ降ってこようとしているのが見えた。
マジかよ。



ことの起こりは3週間前。

ナンパで引っ掛けた女とホテルでさんざん飲んでヤって翌朝、そのまま会社へ向かおうと駅の階段をおりていた。足がもつれるな、と思った次の瞬間、ずだだだ、と池田屋みたいに階段を転げおちた。「大丈夫ですか」と駆け寄る人たちを見上げたら、全員の頭上に「星」がまたたいていた。

最初は皆さんなんかのイベントですか、もしくはあの女ドラッグでも盛りやがったのか、と思ったが、どうもそうでもないらしい。その証拠に、トイレに駆け込み鏡を見たら、俺の上にも星がぺっかぺか光っていた。


いろいろ観察してわかったこと。
この星は、どうやら人の感情と連動している。
そいつの頭と同じくらいの大きさで、形状は人によってまちまち。大体がつるんとまるかったり、金平糖のように柔らかな突起がついていたり。嬉しいと黄色やピンク、緑なんかを混ぜた感じに色が変化する。くるんくるんと宙返りもする。ちなみに俺のは、まっしろい金平糖の周りに、透明でかたい樹脂みたいなのがコーティングされている。なかなかキレイだろ?
どうやら他の人には見えないみたいだし、医者で検査うけて変な成分が検出されても困るし。
しばらくほっとけば消えるだろ、とそのままにしといた。


じっさい、俺の生活にそんなに支障はなかった。いいことと悪いことの割合はだいたい7:3くらい。

まず、よかったこと。接待で使える。麻雀で先方にいい牌が回ってきたら、そいつの星が「イエーイ!」って声をあげてくるんくるん回ってた。持ち主の感情が高ぶると、星から声が出るみたいだ。しゃべるネズミみたいな声だ。
それからキャバクラ。接待相手のタイプの嬢を隣につけると、ラブホみたいなショッキングピンクに変わってぺっかぺっか光ってくれるのはわかりやすい。ムッツリなお偉いさんはなかなか顔に出さないからさあ。

悪かったのは、彼女のことくらいかな。
俺としてる間、彼女の頭上で星がずっと「アアン、タカシィー、アアン、タカシィー」ってくるくる宙返りしてた。あ、こいつ浮気してるんだ、そんで相手のこと考えてるんだ、ってわかった。
「俺、隼人だけど 」って言ったら、ギョッとしてたな。いいけどね。俺もよくやるから。

そんな感じで、まあ悪くないな、と、この星とのセカンドライフをエンジョイしよう、と腹をくくった矢先だったのだ。
それを、このウニと女が。



「落ち着いた? 」

安居酒屋のカウンターで俺は訊く。

「はい、あり、ひっ、ありがとうございます」

隣に座る女は、まだハンカチを握りしたままひぐひぐとしゃくり上げている。俺は彼女の星に目をやる。
屋上に駆けつけたとき、彼女の星は、いままでみた誰ともちがう形状をしていた。どす黒くて、屋上の空を覆うほど巨大にふくれあがった星。長く凶暴なトゲが生えてはどかっと地面に突き刺さって剥がれおち、また生えて、を繰り返していた。
今は、うす青色の不定形が鱗みたいなのをぽろぽろこぼしながら、一生懸命形を整えようとしている。かけらがふるふると集まっては、形になる。すぐにぱっと砕けて、やっぱりその繰り返し。

薄桃色のメタルフレームの眼鏡に、後ろでひとつ束ねにした黒髪。白いボタンダウンシャツを第一ボタンまでしっかりと留めて、上にグレーのVネックニット。ふくらはぎまでの中途半端なスカートは、お世辞にも流行りを知っているとは言えない。
俺よりは年下、24、5くらいかな。化粧っけもないのに、これだけ泣き崩れても不細工に見えないなら、もともとの顔だちは整ってるほうだろ。
でもその顔はひっきりなしにハンカチで覆われてしまうから、俺の査定が正確なのかはわからない。

ああ、スルーしときゃよかった。なんだってこんなことに。
俺はこぼれ出そうになるため息をビールの残りで流しこむ。次の酒をオーダーしてから彼女に言う。

「おごるから、君もなんでも好きなもん頼みなよ。 あー……、 なんて呼べばいいかな。俺は悠路隼人。珍しいだろ、ユーロなんて」

「あ、米田、です。コメダスイ。彗星のスイ、です」

「じゃあスイ、ちゃん。なんだってあんなとこから飛び降りようとしてたの」

瞬間、彼女の星がまたぱっと粉々に砕ける。形づくろうとふらふらと集まる。彗は絞りだすようにして答えた。


「……死んだんです、犬が」

「犬ぅ!?」

俺は口に含んだハイボールを吹いた。途端に彼女の星がさっと闇色に変わり、発射されたトゲの槍が音速で俺の頬先をかすめる。これ、あたったら死ぬのかな。

「いや、ごめん。ペットが死んで悲しいのはわかるよ。でも何も君まで死ななくたって」

「わからないです」手元のグラスを睨みつけたまま、彗が吐き捨てる。

「わからないです、あなたには。私に残った家族はあの子だけ、イオだけだったの」

「10歳のとき、交通事故で両親が亡くなったんです。残ったのは後部に乗っていた私とイオだけだった。イオがいてくれたから、親戚に厄介者扱いされても、嫌味を言われても、今まで耐えて生きてこられたんです。たったひとりの家族のイオがいなくなったら、」

わたし、うう、と彗がうなり、ふたたび堰を切ったように声を張り上げてカウンターに突っ伏した。
びっくりしてまな板の真鯛から顔を上げるカウンター向こうの料理人と目があう。
彼の星が怪訝そうに右往左往している。
俺は愛想笑いを向け、まあまあ、と大げさに彗の肩を叩いた。

「なるほど、経緯はわかったよ。それは今まで辛かったね。でも彗ちゃん、俺はイオに感謝したいな。イオが導いてくれたおかげで、こうやって生きている君と出逢えたんだぜ」

俺は彗の肩を抱きよせ、彼女に息がかかるくらい顔を近づけた。
これでどうだ。泣き止まないか? 大抵の女は、こういえば気分がよくなるもんさ。そう思いながらそっと彗の頭の上に目を向けた。
彼女の星はうす青に濡れたまま、変わらずに砕けては集まり、を繰り返していた。

彗が、ふ、と笑った。

「あなたは、言葉がとてもお上手」

そういって俺からするりと逃れた。カウンターから身を起こし、初めて俺と目をあわせて、震える声でこういった。

「でもわかります。その言葉、使い回しですよね。あなたはきっと今まで上手くやってこれたんでしょう。だけど、あなたに教えてくれるような人は周りにだれもいなかった。そんな紙切れより軽い言葉じゃ、誰の心も動かない」

俺は心臓がとまった。

わかってたさ。
震えない。
誰の星も震えなかった。俺の言葉じゃ、誰ひとりとして、ぴくりとも。
タカシ、と俺を呼んだ彼女に、愛してるよ、と囁いても、接待相手に媚びへつらいを並べても。
俺の言葉でうまく回っている、なんて思っていたのは俺の世界だけだった。周りは価値のない紙切れだとわかっていて、おなじ紙切れを返していただけ。だって、そのほうが楽だから。


だからって、じゃあ、どうすればいいんだ?
彗の星は、孤独と絶望の色だ。俺が生まれて初めてみた、俺が感じたそれよりもはるかに濃い、他人を拒む黒いトゲだ。
俺は彗をみる。うなだれる彼女の星は、ふたたび深い青と薄墨に沈んでいく。それでも必死に、散らばりそうな心の破片を繋ぎとめようとしている。


「ちょっと」

もう一度、俺は彗の肩を引き寄せた。彗は俺を手で押しのけようとして、そしてその手をとめた。
頬に熱い水がつたっているのが自分でもわかった。

「なにもしないから。ちょっとこのまま」

星なんて見えなけりゃよかった。そしたらこんな孤独を死ぬまで感じることはなかったのに。言葉なんてなけりゃよかった。俺が触れているところから俺が溶けて、直接彼女の中に流れ込んでくれればいいのに。
伝えたいことはもっと単純だ。
俺はいま、彗の星を、俺自身を、寄り添って、わかりたい。

「え」

彗は声を出して、俺の胸の中からばっと離れた。
ぱりん。俺の頭の上でなにかの割れる音がした。
空気がぶるぶる震えたかと思うと、俺の星が長い白い尾を引き、風を斬って、彗の胸のあたりに勢いよくつっこんでいった。

俺から視線を外さないまま、彗の顔が、耳が、みるみる紅くなっていく。
俺の視界から周りの頭上にまたたいていた星たちが、ひとつ、またひとつと光を失い、消えていく。
彗の星からトゲが抜けおちた。ちりぢりになった破片が、少しずつ形をなしていった。宵闇の黒がだんだんと白んで、そして朝焼けが滲むような橙色に変わったかと思うと、すうと消えた。

ハイボールの氷が溶けて、グラスの中でかちん、と音を立てた。

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