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ほぼねるまえに更新してます 読んだ本/聴いた音楽/マラソンみたいに続けていきたいふつうの日記

「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」読みまして


めーっちゃめちゃ面白かったのでざくっと感想と好きな場面の引用をばログ。すんげえ好き。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))



ざくっと概要

火星から逃亡してきた高性能アンドロイドを、主人公で賞金稼ぎのリック・デッカードが追いかける話。
「人間と機械を分かつものはなにか?」を問う。

好きだったとこ

共感(エンパシー)ボックスに接続して、リックがウィルバー・マーサーと対峙する場面。

「わしにどうしてあんたを救うことができよう?おのれを救うことさえできぬわしに?」微笑をうかべて、「まだわからんかね?救済はどこにもないのじゃ」(太線傍点)
「じゃ、これはなんのためなんだ?」リックは詰問した。「あんたはなんのためにいるんだ?」
「あんたがたに示すためじゃよ」ウィルバー・マーサーは答えた。「あんたがたが孤独でないことをな。わしは、いまもこれからも、つねにあんたがたといっしょにいる。さあ、早く自分の仕事にかかりなさい。たとえ、それがまちがったことだとわかっていても」

「マーサーと話あったが、なんのたしにもならない。彼も、おれ以上のことを知っているわけじゃないんだ。死ぬまで丘を登り続けるひとりの老人にすぎない」
「それが啓示なんじゃなくて?
「そんな啓示ならとっくに知ってるさ」

ウィルバー・マーサーはこの作品世界のなかにおいて大多数の人々が信仰する「神」。


マーサーが人々に提示するのは救いではなく「人はだれもひとしく孤独に丘を登り続けるだけだ」という真理。
寂しいけれども、誠実な神様だ、と思った。


この作品では「人間と機械を分かつもの」について「他者に対して『共感』できるかどうかだ」といちおう定義づけている。けれど、ラストの場面が示すように、リックの妻イーランが、どちらも人間なはずなのに、最後までリックを理解していない。なんつー皮肉だ。
などと考えていると、「他者に共感すること」、「他者を理解すること」ってなんだったっけ、とこんがらがってくる。


余談。
この場面展開のスピード感やリックの妻イーランの「共感ボックスでの融合、多幸感」、なんか既視感を感じると思ったら、『読むドラッグ』「ウルトラヘヴン」に通じるものがあるんだ。


ウルトラヘヴン (1) (ビームコミックス)

ウルトラヘヴン (1) (ビームコミックス)


作品と作者のwikiみたら、書かれたのは1960年前半でヒッピー、サイケ、トランスなんかが出始めるあたり。なんか関係あるのかなあ。


とにかく読んでる最中のドライブ感がものすんごく気持ちよかった。
世界五分前仮説とか予備知識があればもっと解像度が高いんだろうけど、なくてもじゅうぶん楽しめる。
PKDの別の作品も読んでのちまた読みなおしたい。

このあたり読みたい。

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)

流れよわが涙、と警官は言った (ハヤカワ文庫SF)

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局長さんとfktackさんの感想もおもしろかった。


matoyomi.hatenablog.com

fktack.hatenablog.jp

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