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nerumae

ほぼねるまえに更新してます 読んだ本/聴いた音楽/マラソンみたいに続けていきたいふつうの日記

柔道新国際ルールで「スーパー一本」ができたらしい

水曜日、スポ少柔道。
次のスポ少の大会から新しい国際ルールが適用され、一本の上をいく決まり手ができたらしい。
その名も「スーパー一本」。
思わず吹きだして「うそ!?うそでしょ先生!?」と問いただしたらほんとうらしい。



http://www.flickr.com/photos/88791502@N00/5544935813
photo by n8xd




柔道の一本の中には、内股・払い腰などであまりにキレイに技が決まりすぎたその勢いで、相手の背中がつかずまるっと1回転して腹ばいで着地、ということがまれにある。
今後はそういう決まり手を「スーパー一本」にするとのこと。

背負投げでもキレイにかかった場合/あるいはかけられた相手がレスリング的にブリッジして背中をつかないように足から着地、ということもある。
オリンピックではたびたびこういったレスリング的な逃げ方や「両手刈り」などのかけ方が議題にあがってきた。
「それはJUDOだ、柔道ではない」と。

こういうねじれが起きているのは柔道の国際ルールがほとんどヨーロッパ側によって作られていることにも起因するらしい。

だけど、ほんとうの「柔道」なら、たとえ背中がつかなくても、相手に綺麗に投げられた瞬間に「負け」を認めるのだ。

あまり知られていないと思うけど、ベストの状態で技が決まるのは、投げているほうだけでなく投げられているほうも気持ちがいい。
相手の背中の上で綺麗にじぶんの身体が空中に弧を描くときに思うのは、「ああ、この技は美しい」という相手への畏敬と「ああ、これでやっと試合が終わる」という安堵。
悔しさがはるかあとから遅れてくるほど、ベストの技は美しい。


それにちょっと恐ろしいことを言うと、本当の戦場なら、ブリッジして耐えてものどや金的などの急所が相手に対してモロ見えなので、すぐに喉をかき切って殺されるしね。



勝った対戦相手のうえでガッツポーズをするとか、礼の前に観客席に手をふるとか、「JUDO」は「柔道」の精神から遠く離れてしまった。
少しずつすりあわせて、再びひとつの「柔道」になれたらいいなーと思う。
ではでは。

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