きょうの5分間文章スケッチ「アイスキャンデーを食べる女の子」ほか
抹茶です。
きょうの5分間文章スケッチ「アイスキャンデーを食べる女の子」
画面の中央に女の子がバストショットで写っている。
年の頃は10〜13才ほど、アイスブルーの目にややブロンドがかった髪を後ろにひとつまとめにしている。アングロサクソン系だろう。
透き通った白い肌と形のよい鼻筋、華奢な首筋の下に伸びるフューシャピンクと白のボーダーのTシャツとは対照的に、カウボーイのようなテンガロンハットを頭にのせている。
少女はやや眉をひそめて視線をカメラの向こうに向けながらアイスキャンデーをほおばっている。
半開きの口が無防備で、もう少女でもない、まだ女性にもならない、あどけなさを感じさせる。
少女のむこうにはセダン系の車と、人物数人がぼやけてみえる。
photo by Pandora's Perspective
ネガティブなことを書くと心の中で増幅する、けれども
「誰がいったか」と「何をいったか」と「何をいわなかったか」 - チェコ好きの日記
チェコ好きさんのこちらのエントリを拝読しました。
チェコ好きさんの「書かない話題」になっているトピックの中に
2 個人的なネガティブ感情
がある、ということで、この部分にとても共感です。
書かない話題「1 ブログのテーマから大きく逸脱すること」に挙げられていることですが、
「書くというのは呪いのようなもので、…書いた内容にどんどん自分が引っ張られていくようにかんじます」
というのはネガティブなことを書いていても同様なんですよね。
不快だった出来事や嫌いなあの人のことを書くため何度も脳内トレースすることによって、キライ、悲しい、悔しいといったネガティブな感情も増幅していく。
だからこそ私も極力そういうトピックを具象化するのは避けよう、楽しかった思い出やキモチ良かった手触りをこそ反芻したいと思っています。
ただ以前にも書いた*1けれども、チェコ好きさんくらいによほど上手にメタに見れてないと、そうやって自分のあるフラグメントのみを抽出していった結果どんどん意図せず等身大の自分から乖離してしまう可能性も否めない(じっさい別人格として乖離したし)。
あんまり自分のなかのネガティブな感情を無視しすぎても心がバランスを崩してしまうんだ。人によるのかもしれないけれども。
チェコ好きさんもおっしゃるように広範なジャンルでブログを書いている方もいらっしゃいますし、私もブログの使い方は人それぞれ自由でみんないいと思うので、楽しいことを書いたりたまーに愚痴ったりとフラフラしながら、私の魂と折り合いをつけていきたいなーと思っています。