卯月妙子「人間仮免中」がものすごい
ざくっとあらすじ
統合失調症を患っている元ストリッパー・AV女優の著者が還暦を過ぎた通称「ボビーさん」と出逢い、恋愛し、症状が原因で歩道橋から飛び降り自殺未遂。入院中に襲ってくる妄想と戦いながら周囲の人間に支えられ、生のありがたさを痛感するまでを振り返ったエッセイ漫画。
何がすごいのかと、これから読もうと思っている方への注意点をいくつか。
・卯月妙子の半生自体がすさまじい
サゲマ…と思わずにはいられないほど畳み掛けるような不幸と不運のオンパレード。
1人目の投身自殺をした旦那さん、精神病だったことを考慮に入れても相当のだめんずだと思うんだが、それを(文字通りAVで身を削って)献身的に支えようとしてた卯月さん。
誰か止めてやらなかったのだろうか…。
・統合失調症の妄想を客観的に描写できてるのがすごい
統合失調症の陽性症状で「妄想」があるそうなんですが、自殺未遂後抗統合失調症薬が切れてどういう妄想に襲われるかを、ふりかえって客観的に描写できてるのがすごいと思います。
ここまで克明に描写できてるのは少ないんじゃないかしら。(私が他に見たのはブラックジャックによろしくくらい)
妄想の例を上げてみると、看護婦が変な薬を入れにくるとか、処置してる医師がヒソヒソ悪口を言ってるとか、霊安室でばーちゃんがコールドスリープから目覚めて「あの子の暴走を止めないと、教団は、教団は…!」ってドラマが始まるとか。
こうやって見ると現実と妄想の区別はほとんどつかない。
卯月さん本人は病歴が長いので「あーこれは妄想だ」って気づけることもあるんだけど、自分ではどうしようもできないみたい。
あたかも悪夢に自力で目覚めるのが難しいように。
私の母親が統合失調症なんですが、私を出産前にもう何回か発作を起こしたあとらしく、どういう症状なのか、何が見えていたのかを私に伝えるのはもう困難なようでした(私もあまり聞いてない、聞けなかった)。
だから卯月さんのこの描写を通して母親の体験した世界観を知ることができて、うーん、ヘビーだけど、良かった…と思いました。辛かったろうな…。
・漫画家としての業が深すぎる
投身自殺を図ったあと卯月さんは顔面を複雑骨折、右目の視神経が切れてパースがぐっちゃぐちゃに崩れた自分の顔を鏡で確認し「これを漫画に描きたい…!」と渇望するんですが、これはもう業が深すぎて(統合失調症とは違う意味での)ビョーキだと思いました。
これから読む方への注意点としては、
・「あくまでも卯月妙子さん視点」からの人間賛歌である
調べたらfujiponさんもこの作品についての感想を書いていらっしゃったので拝読しました。
http://blogos.com/article/54352/
fujiponさんは医療従事者としての視点、患者の家族側に立った視点から「確かに作品としてはすごいと思うけどこれを手放しで人に勧められるかというと、うーん」と感想を述べられてます。
確かに自分から(病気とはいえ)薬の量をじぶんでいじって命を粗末にしておいて「生きてるだけでありがたい!」「支えてくれた人たちありがとう!」は都合が良すぎかも。
作品中で卯月さんの家族とくにお母さんは、背中に刺青を入れ自殺未遂を図った娘を「とにかくどんな形でも生きていてほしい」と菩薩のように受け入れるのですが、その境地に行き着くまでのお母さんの苦しみは絶対相当量あったはずで、卯月さん自身はそれを知らない(知らされていない)んじゃないだろうかと感じました。
作品終盤で卯月さんが実家に帰ることになってから、お母さんが地元での卯月さんの体裁を気にしてしまうあまり、うつ病を発症してしまうところ。
さらに内縁の夫ボビーが会社から「会社に残りたければそんな女性とは別れろ」と言われ、屈服せざるを得ないところなんかは、卯月さんが知らされていなかった、周囲の深い苦しみや現実の一端なんじゃないかなと感じずにはいられませんでした。
そこだけトーンが急に現実的になって話のテンポも駆け足になるんだよね…。
ともあれ統合失調症の世界、業の深い表現者の世界を垣間見る本としてはもの凄いし、賛否両論悲喜こもごもの感情を揺り動かされる作品ということで読んでみてほしい、と私は思います。