横山秀夫「クライマーズ・ハイ」読みまして
つくづく「ものを書く」というのは業の深い癖だなと思う。
文庫
kindle
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「クライマーズ・ハイ」は、横山秀夫による、日本航空123便墜落事故を題材にした小説。2003年。
今さらですが読みまして、以下よかったとこ/あえていうなら/事前・事後に読むとさらに楽しめそうな関連書籍をさらっとログ。
ざくっとあらすじ
1985年8月12日、群馬県上野村の山中に飛行機が墜落。乗客520名が死亡という前代未聞の大事故に、主人公・悠木の属する地元新聞社、「北関東新聞」にも激震が走る。
時を同じくして悠木のもとに、「衝立岩に登ろう」と約束をしていた友人、「山屋」の安西が倒れたとの連絡が入る。
安西が残した言葉、「下りるために登るんさ」の真意とははたしてなんだったのか。未曾有の大事故、犠牲者、遺族を前に、自分は、地元新聞社は何ができるのかーー悠木と北関東新聞がもがき、疾走した激動の一週間。
!caution! ここから以降はネタバレを含みますので、ご注意ください。
よかったとこ
墜落事故直後報道の裏側で新聞社になにが起きていたか
作者の横山先生は事故当時、実際に上毛新聞の記者だったとのこと。
それだけに墜落事故直後から収束に向かうまでの新聞社内の混乱と激動の描写は、ハイコンテクストかつかなり肉感的。
事故直後に御巣鷹山に登った佐山、神沢ふたりの若手記者が鬼気迫る豹変をして山から帰ってくるくだりでは、もの書く人々にとっても(精神的にも物理的にも)生きるか死ぬかの「戦争」に近いものだったんだろう、と戦慄した。汗が乾いてシャツに吹いた潮の匂いまでが伝わってくるようだった。
山に登った2人の記者以上に化け物だな、と思ったのは、主人公の悠木をはじめとした北関東新聞社内の人間たちの我欲。
500人以上の死者が出た飛行機墜落事故を前にして、死者に対する哀れみや衝撃、「真実を伝えたい」という志はあるんだよ。あるんだけど、それ以上に「世紀の大スクープをこの目で見たい」「この手で書きたい」「北関の記事を世界に」という欲求や自己顕示欲が彼らを熱病のようにつき動かして眠らせない。
くわえてその前に北関東新聞が扱った「歴史的」事件、「あさま山荘立てこもり事件」がある。
組織上層部のなかにはあさま山荘事件当時取材を担当した記者もおり、「俺らはでかいヤマを張った」という自負から日航機事故のデスクを張る悠木を貶めようとする輩も出てくる。こういう卑小さ人間らしさを書くのにも、横山秀夫らしく、丁寧に文字数を割いている。
あえていうなら
テーマが複数あって宙ぶらりん
この「クライマーズ・ハイ」の話は主人公悠木をとりまく3つの柱から構成されている。
日航機墜落事故、「山屋」安西との出逢いと別れ、そして悠木の家族(とりわけ息子)との確執とその雪どけ。
正直な感想をいうと、日航機事故と新聞社のパート描写が迫力ありすぎ・リアルすぎて、ほか二つのヒューマンドラマパートがどうしても霞んで見えてしまう。日航機事故パートも最後まで追わないまま終焉を迎えたので、id:type-rさんが映画版について下記のようにおっしゃっている通り、原作でも不完全燃焼感が否めないっす。
まず、作品としてのスタンスがちょっと曖昧なんです。壮絶な報道の現場を通して、ジャーナリズムの在り方を問いたかったのか、親子の絆を描きたかったのか、それとも事故原因の究明について問題提起をしたかったのか釈然としません。
とはいいつつも、墜落事故のパートは、事故原因のウラをとった部分、けれども悠木がそれを記事にしない、と判断した部分で事実上終わりだったんだと思う。最後まで事故一本だけで書き通すこともできただろうけど、それは「小説」じゃなくて事故の「ルポ」になってしまう。
小説中盤で悠木が被災者の残した遺書を新聞に掲載するシーンがある。
そのことからも「家族」のパートは外せなかったんだろうなあと。
死者520名ひとりひとりの後ろにたくさんの遺族の顔があって、この本を読んでいる人、読者層としては家庭を養っていかなければいけない男性が多いだろう、にも同様に家族がいる。
悠木も家族のために「下りない」ことを選択する、市井として生きることを選択するーー
横山先生が墜落事故の凄惨さ以上にこの小説で伝えたかったのはそこなんだろうなあ思った。そう捉えれば読後に清涼感を感じる。
悠木の母親の設定はtoo much では
登場人物多すぎィ!
オッサンが多すぎて脳内でみんな山西淳に変換されちゃって大変。
映画で観たらわかりやすいだろう。
事前事後に読みたい関連書籍
岳
小説は日航機墜落事故を追う1985年の悠木のシーンと、それから17年経って安西の息子燐太郎と衝立岩を登る悠木のシーンが交互に交錯する構成。
とくに山登りのパートは山用語バンバン出てくるので、その昔に岳を読んだ経験が場面を思い浮かべる助けになった。
64-ロクヨン-
文庫
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クライマーズ・ハイの9年後に出版された「64」は話の骨子やキーが酷似。
仕事、家庭、遺族、時間制限。
「クライマーズ…」ではポケベルとデッド・エンド=原稿〆切が読者の心を逸らせていたけど、64ではその手法をさらにブラッシュアップ、「電話」が物語全体の重要なキーとして機能していた。9年経って、どこがどう進化しているのか読み比べるのもいいかもしれない。
しかしこの骨子、酷似しすぎててもう一度は使えない、とも思う。
実写化は堤真一の映画版と
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佐藤浩市のテレビドラマ版が出ている。